トイレの豆知識 その28

こんにちは。コールセンター片倉です。今日からは数回にわたって「トイレの知られざる歴史 海外と日本」というテーマで書いていきたいと思います。当たり前に使っているトイレですが、始まりがあったからこそ今があるわけです。そんな歴史を紐解いてみたいと思います。


【 古代文明のトイレの祖 】

私たちが当たり前のように使用しているトイレにもきちんと歴史があります。排泄行為が文明よりも早く行われていたのは当然のことであり、トイレに似た場所は有史以来早くから記録されております。遺跡から発掘されトイレとしての場として認められたものは、「トイレ遺構」と呼ばれています。最古のトイレ遺構はどこかというと、イラク北部・アシュメンナにある古代メソポタミア文明のテル・アスマルという遺跡のものになります。紀元前2200年頃のものと言われており、このトイレは下水道と直結型で、便座は煉瓦を「コ」の字に配列したものでした。水道菅は地下を通り、上に掃除用の通路が設けられていました。

また、同じ頃、チグリス川とユーフラテス川のペルシア湾河口近くに位置したシュメール人の都市国家ウルの遺跡(テル・エル=ムカイヤル)からも、毛細管現象を利用した非直結多重構造タイプのトイレ遺構が見つかっています。
驚くことに、紀元前2100年ごろには一般家庭にも水洗トイレが設置されていたとされています。ギリシア・クレタ島を中心に栄えたミノア文明にも水洗トイレがありました(便座は木製とされています)。

インダス文明の遺跡であるモヘンジョ・ダロは、腰掛け式トイレと整備された下水道が印象的です。隙間なく敷き詰められたレンガには防水加工が施され、詰まり防止となっています。一度集められた尿は沈殿槽に集められ、微生物により自然処理されたのち、上の液体だけを流すようなシステムとなっていました。沈殿物は有機農法に使用されていたとされています。今でいう浄化槽のようなものでしょうか。

一方、エジプト王国では、それまでの習慣であった軒先での用便を改めるため、当時の王アメンホテプ4世が「トイレを屋内に作るべし」というお触れを出しています。そこで住民は壺の中に排泄物をため、肥料として使用していたとのことです。

一方で、まったくトイレに気を払わない文明も中にはありました。それらの文明は、衛生状態の劣化からチフスなどの病気が蔓延し、多くが滅んでいったとされています。


この時点で水洗トイレに近いものがあったのは驚きです。トイレの歴史はまだ始まったばかりです。今後数回に分けてお伝えしてまいりますので、どうぞよろしくお願い致します。

なお、現代のトイレは日本水道センターにお任せください。

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